2017.4.19

『オニ文化コラム』Vol,25

 
山崎 敬子
コラムニスト
玉川大学芸術学部講師

新年度が始まりました。新年度一発目は著名人に関わる「鬼」について。

皆様、日本史の授業で「卑弥呼」の存在を教わったことと思います。
『三国志』「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条・・・通称「魏志倭人伝」に記されている倭国(邪馬台国)の女王です。ここには魏の皇帝・曹叡から卑弥呼に対し、景初2年(238年)または同3年(239年)に「親魏倭王(しんぎわおう)」の称号と金印が与えられたことなどが記されております。

今回注目したいのは以下の記述。

「其國本亦以男子為王 住七八十年 倭國亂 相攻伐歴年 乃共立一女子為王 名曰卑彌呼 事鬼道 能惑衆 年已長大 無夫婿 有男弟佐治國」

 
ウィキペディアによると
「倭国には元々は男王が置かれていたが、国家成立から70〜80年を経たころ(漢の霊帝の光和年間)倭国乱れ、歴年におよぶ戦乱の後、女子を共立し王とした。その名は卑弥呼である。女王は鬼道(きどう)によって人心を掌握し、既に高齢で夫は持たず、弟が国の支配を補佐した」
 
そう。女王卑弥呼が行っていたこと、それが「鬼道」、鬼なのです。
 
「鬼道」とは何か?
 
実は、明確な答えは定まっておりません。
有力な説として、卑弥呼は巫女(シャーマン)であり、呪術的な行為を行うことで国家統治を担ったというもの。その呪術的な部分を「鬼道」と表現しているのではないか?というものです。また、弟が政治をサポートしていることから、邪馬台国の政治システムは女の卑弥呼が神事を司り、実際の統治は男子が行う二元政治だったのではないか?と言われております。
 
事実、古代~南北朝時代あたりまでの日本や琉球王朝を見てみますと、政治のトップは男性・宗教的なトップは女性という体制をとっておりました。
女性祭司・・・日本ですと斎宮(さいぐう)、琉球王朝ですと聞得大君(きこえのおおきみ)です。いずれも天皇家・琉球王家の女性が選ばれます。政治を司る男性とは血縁関係・・・邪馬台国の卑弥呼と弟に通じるものがありますね。
 
何を「鬼」と指すかは確定していなくとも、卑弥呼の時代から「鬼」が登場しているロマンを感じたりする、そんな魏志倭人伝です。
 
ということで、皆様。本年度もどうぞよろしくお願い申し上げます。

山崎 敬子 / Yamazaki keiko

実践女子大学院文学研究科美術史学専攻修士課程卒。大学在学時から折口信夫の民俗芸能学を学び、全国の祭礼を見て歩く。有明教育芸術短期大学子ども教育学科非常勤講師(民俗学)や早稲田大学メディア文化研究所招聘研究員などを経て、現在は、玉川大学芸術学部パフォーミング・アーツ学科講師(民俗芸能論)や学習院さくらアカデミー講師ほか。また、民俗芸能を地域資産として活かすべく、(株)オマツリジャパンなどで地域活性に取り組んでいる。


著作例:
編集:『年中行事辞典』(三隅治雄・編/東京堂出版 2007年)、
共著:『メディアの将来像』(メディア文化研究所・編/一藝社2014年)
著書:『にっぽんオニ図鑑』(じゃこめてい出版 2019年)
脚本:朗読劇『イナダヒメ語り』(武蔵一宮氷川神社 2018年)
コラム:オニ文化コラム(社)鬼ごっこ協会 毎月更新)、山崎先生の民俗学(ミドルエッジ)、にほん風習風土記(陸上自衛隊)、氷川風土記(武蔵一宮氷川神社)