2025.2.12

『オニ文化コラム』Vol,111

 
山崎 敬子
コラムニスト
玉川大学芸術学部講師

 
「泣く子はいねがー」
大晦日の晩の男鹿半島では、鬼のような形相の面をつけ、荒々しい立ち居振る舞いで声を出しながら家々を巡り歩く「ナマハゲ」が暗闇から姿を現します。

 
ナマハゲが文献上に初めて登場するのは江戸時代。1810(文化7)年に紀行家である菅江真澄が書き記した『男鹿の寒風』に、小正月の宮沢集落の行事が描かれており、今と変わらぬ姿のナマハゲを見ることができます。
 
昭和20年代までは小正月に行われていたこの行事は、今日では「男鹿のナマハゲ」と言います。鬼のような形相から鬼と思われがちですが、ナマハゲは鬼ではなく、年末に男鹿地域のために来訪する神様です。そのため、地区ごとに異なる風貌のナマハゲが存在します。
 
大晦日は年の変わり目、節目の時。この節目に地域を訪れる神・ナマハゲは男鹿半島の方々にとっては新年を祝福し、無病息災・田畑の実り・山の幸・海の幸をもたらす存在です。そのため、ナマハゲを迎える家では昔から伝わる作法により料理や酒を準備し、丁重にもてなします。

ナマハゲというと鬼のような面が有名ですが、その手には木製の出刃包丁や桶や御幣を持ち、藁の衣装を身に着けています。御幣は紙様のしるしです。


では、包丁や桶を持つのはなぜか。これはナマハゲが田畑の実りなどのために来訪することに関わりがあります。

雪深い男鹿で冬を過ごす地域の人々は、囲炉裏などでジッとして暖を取って過ごします。そのため、手足の同じ部位に長時間くり返し火が当たることで火だこができます。これを地域では「ナモミ」と言うそうです。ナマハゲはこのナモミを包丁で剥ぎ取りに来るのです。

「ナマハゲ」とはナモミ剥ぎが転化した言葉なのです。

ナモミを剥ぐことで「ジッとしていないで、働こう」と促す、男鹿半島のご当地来訪神「ナマハゲ」。新春に来訪する「ナマハゲ」は、も地域の実りのためにやって切れくれるご当地神様です。

 
男鹿に限らず日本では各地にご当地来訪神が存在します。いずれも仮面・仮装の異形の姿をしており、正月などに家々を訪れ,新たな年を迎える地域の人々に幸や福をもたらす地域のための神様です。各地域に旅に行ったその先で神様に触れてみてはいかがでしょうか。
 

山崎 敬子 / Yamazaki keiko

実践女子大学院文学研究科美術史学専攻修士課程卒。大学在学時から折口信夫の民俗芸能学を学び、全国の祭礼を見て歩く。有明教育芸術短期大学子ども教育学科非常勤講師(民俗学)や早稲田大学メディア文化研究所招聘研究員などを経て、現在は、玉川大学芸術学部パフォーミング・アーツ学科講師(民俗芸能論)や学習院さくらアカデミー講師ほか。また、民俗芸能を地域資産として活かすべく、(株)オマツリジャパンなどで地域活性に取り組んでいる。


著作例:
編集:『年中行事辞典』(三隅治雄・編/東京堂出版 2007年)、
共著:『メディアの将来像』(メディア文化研究所・編/一藝社2014年)
著書:『にっぽんオニ図鑑』(じゃこめてい出版 2019年)
脚本:朗読劇『イナダヒメ語り』(武蔵一宮氷川神社 2018年)
コラム:オニ文化コラム(社)鬼ごっこ協会 毎月更新)、山崎先生の民俗学(ミドルエッジ)、にほん風習風土記(陸上自衛隊)、氷川風土記(武蔵一宮氷川神社)