『オニ文化コラム』Vol,110
山崎 敬子
コラムニスト
玉川大学芸術学部講師
広島県・呉には30ほどの神社があり、9月下旬~11月上旬にかけて、毎週どこかの神社で秋祭りが開催され、神社ごとに鬼の面を付けた「やぶ」が登場します。やぶは呉にしか存在しません。地域それぞれの鬼の面をつけ、黄色や赤、緑など派手な衣装をつけ、注連縄を背負い、竹の棒をもって秋祭りに登場します。
全国各地のお祭りに鬼が登場しますが、呉のやぶは鬼ではなく神様の遣い。祭においては氏子が神様に奉納する米を警護する役目を担っています。警護するだけではなく、氏子が米を乗せた俵神輿を社殿に運ぼうとすると、それを阻止するかのようにやぶが動き、両者は激しくもみ合います。
実は、やぶは阻止しているわけではなく、氏子から奉納される米が神様に奉納するに足るものか、変な品物ではないかを検閲するために一旦、社殿に入れるのを阻止しています。また、氏子と揉み合うことで米に付いている籾殻をしっかりと揉んで美味しい米にしてから社殿に入れるためとも言われています。
広島には、この呉のやぶ以外にもご当地の鬼がいます。
例えばラーメンで有名な尾道。ここでは、毎年11月1日から3日まで行われる吉備津彦神社大祭、通称「尾道ベッチャー祭り」に独自の鬼が。江戸時代後期に疫病が流行した際、尾道市の中心部にある一宮神社(吉備津彦神社)が厄よけのために行ったのが始まりと伝わる祭りです。
こちらの鬼も悪い存在ではなく、人々の災厄を祓う神様で、祭礼最終日の3日に神輿と共に、ベタ(ベッチャー)、ソバ、ショーキ という鬼神が獅子と一緒に登場し、尾道市内を練り歩いては人々の災いを除いて回ります。
彼らは子どもを見つけると追い回し、手にした「ささら」や「祝棒」で頭をたたいたり、体を突いたりします。この「ささら」でたたかれると頭が良くなり、「祝棒」で突かれると子宝に恵まれ、また1年間の無病息災が約束されると言われています。
ササラは全国各地の田んぼに関わる民俗芸能(田楽含む)と深く関わっている楽器で、田の神のための楽器です。ですから、鬼の面をつけていようとも、実りを期待させる有難い存在なのでしょう。
秋の広島には、その地域のための神様として鬼が人と共存しているのです。
山崎 敬子 / Yamazaki keiko
実践女子大学院文学研究科美術史学専攻修士課程卒。大学在学時から折口信夫の民俗芸能学を学び、全国の祭礼を見て歩く。有明教育芸術短期大学子ども教育学科非常勤講師(民俗学)や早稲田大学メディア文化研究所招聘研究員などを経て、現在は、玉川大学芸術学部パフォーミング・アーツ学科講師(民俗芸能論)や学習院さくらアカデミー講師ほか。また、民俗芸能を地域資産として活かすべく、(株)オマツリジャパンなどで地域活性に取り組んでいる。
著作例:
編集:『年中行事辞典』(三隅治雄・編/東京堂出版 2007年)、
共著:『メディアの将来像』(メディア文化研究所・編/一藝社2014年)
著書:『にっぽんオニ図鑑』(じゃこめてい出版 2019年)
脚本:朗読劇『イナダヒメ語り』(武蔵一宮氷川神社 2018年)
コラム:オニ文化コラム(社)鬼ごっこ協会 毎月更新)、山崎先生の民俗学(ミドルエッジ)、にほん風習風土記(陸上自衛隊)、氷川風土記(武蔵一宮氷川神社)