2022.11.29

『オニ文化コラム』Vol,91

 
山崎 敬子
コラムニスト
玉川大学芸術学部講師

 
室町時代に成立した『御伽草子』の中に、『天稚彦草子(あめわかひこそうし)』という物語が収録されています。日本版の七夕物語とも言われる物語です。
 
3人の美しい娘がいる長者の家に蛇がやってきて、娘を嫁にくれと脅しました。長女と次女の二人は拒みましたが、末娘だけが親をおもい了承します。そんな末娘と待ち合わせた蛇は、「自分の頭を切れ」と言います。言われたとおりに蛇の頭を切ると、なんと蛇から美男の姿に!「自分は天稚彦である」と言いました。
 
2人は仲睦まじく暮らしていましたが、ある日天稚彦は用事があって天に旅立ちます。その際、唐櫃を末娘に渡し「これを開けたら帰ってこられなくなる」と言いました。が、そんな末娘の裕福な暮らしを妬んだ姉たちが唐櫃を力ずくで開けてしまい、天稚彦は帰ってこず。末娘は天稚彦を探しに旅に出ます。
 
天に昇った末娘は紆余曲折を経て天稚彦と再会。喜び合う二人でしたが、天稚彦の父親は恐ろしい鬼。人である末娘をどう思うか‥と思った二人は、父である鬼が天稚彦の部屋に来る度に、末娘を枕などに替えて気が付かせないようにしました。
 
でも、やがてバレました。すったもんだの末、父親は末娘を認め「月に一度だけなら会ってもよい」と言いました。が、末娘は「年に一度」と聞き間違えます。それに便乗した父鬼は「じゃ、年に一度ということで」と、瓜を地面に打ち付けたところ、それが天の川になりました。そんな訳で、末娘と天稚彦は年に一度、7月7日の晩だけ逢瀬を楽しむことができるようになった…という御話です。
 
この天稚彦は『古事記』『日本書紀』にみえる神様です(古事記では天若日子)。高天原の神々が天孫の降下に先立って地上世界を平定しようとした際、高天原からの第2の使者として地上に使わされたのですが、大国主神の娘・下照比売と結婚し自分が地上の王となろうとしたため、これを糾問しにきた使いの雉を弓矢で射殺。この矢が天上世界まで届き、これを不審に思った高天原の神が投げ返した矢に当たって落命します。
 
下照比売との恋愛が巡り巡って父鬼が登場する御伽草子に。神話では天稚彦の父は天津国玉神(アマツクニタマ)なのですが、どうして鬼に…。
 

山崎 敬子 / Yamazaki keiko

実践女子大学院文学研究科美術史学専攻修士課程卒。大学在学時から折口信夫の民俗芸能学を学び、全国の祭礼を見て歩く。有明教育芸術短期大学子ども教育学科非常勤講師(民俗学)や早稲田大学メディア文化研究所招聘研究員などを経て、現在は、玉川大学芸術学部パフォーミング・アーツ学科講師(民俗芸能論)や学習院さくらアカデミー講師ほか。また、民俗芸能を地域資産として活かすべく、(株)オマツリジャパンなどで地域活性に取り組んでいる。


著作例:
編集:『年中行事辞典』(三隅治雄・編/東京堂出版 2007年)、
共著:『メディアの将来像』(メディア文化研究所・編/一藝社2014年)
著書:『にっぽんオニ図鑑』(じゃこめてい出版 2019年)
脚本:朗読劇『イナダヒメ語り』(武蔵一宮氷川神社 2018年)
コラム:オニ文化コラム(社)鬼ごっこ協会 毎月更新)、山崎先生の民俗学(ミドルエッジ)、にほん風習風土記(陸上自衛隊)、氷川風土記(武蔵一宮氷川神社)