2022.9.29

『オニ文化コラム』Vol,89

 
山崎 敬子
コラムニスト
玉川大学芸術学部講師

 
平成28年(2016)、四市のストーリー「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴~日本近代化の躍動を体感できるまち~」が、日本遺産に認定されました。
 
明治政府が近代国家化のために掲げたスローガンの一つに「富国強兵」があり、強兵の一翼を担ったのが海軍です。政府は明治17年(1884)に横須賀、同22年に呉と佐世保、同34年に舞鶴で海軍の本拠地となる鎮守府を開庁し、海の防衛体制を確立しました。そして、海軍工廠や海軍病院、軍港水道など多くの施設の運営・監督を行いました。
 
呉では鎮守府開庁の翌年に水道施設を開設し、大正7年(1918)には長さ97m、高さ25mの本庄水源地堰堤水道施設を完成。当時東洋一の規模を誇った同施設により軍港への水の安定供給を実現させた結果、市民生活へも潤いを与えることになりました。
 
その呉には独自の存在が。神様の遣いである「やぶ」です。鬼の面を被り、注連縄を背負い、竹の棒を持っています。「やぶ」は神社の神様の護衛をすると共に、氏子たちが奉納する米も警護する存在です。呉で祭りと言えば「やぶ」。呉市民の常識なのだそうですが、他県の方からしたら「え?」と思われるかもしれません
 
さて、この「やぶ」。毎年9月下旬~11月初旬にかけて旧呉氏総氏神・亀山神社はじめ市内の神社で行われる秋祭りに黄色や赤、緑など華やかな衣装のやぶが登場します。米を乗せた俵神輿を社殿に運ぼうとする氏子たちとやぶとの激しいもみ合いは必見。この時のやぶは暴れているわけではなく、変なものが神様に奉納されないようにチェックし、氏子たちと揉み合うことで米に付いている籾殻をしっかりと揉んで美味しい米にしてから社殿に入れようとしています。ですから、私はやぶを見ると国を護ってくださる自衛隊の皆様をも思い出します。
 
また、呉では我が子をやぶに抱いてもらう風習があります。神の遣いであるやぶに抱いてもらった子供は元気に育つと言われおり、この光景は呉の風物詩のひとつです。
 
…と書くと綺麗に感じますが「やぶ」は結構怖いのです。小さい頃から竹の棒を振り回しながら追いかけ回され、赤ちゃんは「元気に育つ」と抱っこされる。子供たちの大きな泣き声が響き渡る祭りでもあります。

山崎 敬子 / Yamazaki keiko

実践女子大学院文学研究科美術史学専攻修士課程卒。大学在学時から折口信夫の民俗芸能学を学び、全国の祭礼を見て歩く。有明教育芸術短期大学子ども教育学科非常勤講師(民俗学)や早稲田大学メディア文化研究所招聘研究員などを経て、現在は、玉川大学芸術学部パフォーミング・アーツ学科講師(民俗芸能論)や学習院さくらアカデミー講師ほか。また、民俗芸能を地域資産として活かすべく、(株)オマツリジャパンなどで地域活性に取り組んでいる。


著作例:
編集:『年中行事辞典』(三隅治雄・編/東京堂出版 2007年)、
共著:『メディアの将来像』(メディア文化研究所・編/一藝社2014年)
著書:『にっぽんオニ図鑑』(じゃこめてい出版 2019年)
脚本:朗読劇『イナダヒメ語り』(武蔵一宮氷川神社 2018年)
コラム:オニ文化コラム(社)鬼ごっこ協会 毎月更新)、山崎先生の民俗学(ミドルエッジ)、にほん風習風土記(陸上自衛隊)、氷川風土記(武蔵一宮氷川神社)