2022.8.26

『オニ文化コラム』Vol,88

 
山崎 敬子
コラムニスト
玉川大学芸術学部講師

 
8月28日まで、すみだ北斎美術館(東京都 墨田区亀沢2-7-2)で特別展「北斎 百鬼見参」が開催されました(開催は2022年6月21日〜)。
 
同展では北斎や門人が描いた鬼にまつわる浮世絵約145点が展示され、さらに、北斎として珍しい能を題材にした肉筆画「道成寺図」が同館で初めて公開されました。このほか同館サイトでは鬼について「古来、日本人は鬼の存在を信じ、暮らしにも取り入れ、ともに生きてきました。神話・伝説、芸能、小説、マンガ、アニメ、ゲームに至るまで、鬼が登場する創作物は数多く、それだけ、鬼は日本人の心に深く根ざし、その精神世界の形成に大きな影響を与えています。そして、古典や芸能、また新たに江戸時代に起こった読本などを題材とする浮世絵にも、鬼は多く登場します。」と書かれておりまして、その通り多くの鬼に出会えました。
 
その中に『北斎漫画』(文化12年(1815)半紙本)二編の「はんにや なままり」も。この項ではさまざまの面を集めた中に「般若」と「生成(なまなり)」の能面が描かれています。
 
2つのうち般若は世間的に知られた存在かと思いますが、生成はあまり知られていないかもしれません。生成はまだ鬼になりかけの段階を表す面です。実は般若は「中成(ちゅうなり)」とも言いまして、このふたつは繋がっています。では本当に「成」った面は何かと言いますと、これを「真蛇(しんじゃ)」と言います。この真蛇は別名「本成(ほんなり)」です。
 
で、これらは一体何なのか?と言いますと、能面の世界では、「嫉妬や恨みの篭る女の顔」としての鬼女の能面たちなのです。その鬼女になっていく進化の途中で般若に成りきれていない顔つきの面を「生成」、般若が進化して蛇のような顔つきになった面を「真蛇」と称しています。これらの中で最も罪業深く、ほとんど蛇になってしまったのが真蛇で、嫉妬のあまり顔がほとんど蛇と化し、耳は取れ、口は耳まで裂け、舌が覗き、牙も長く、頭には大きな角が生え、髪もほとんどない状態です。
 
一方、生成は角が肉の下で隆起しているだけで生えかかった短い角が露出している状態。角がまだ生えていない鬼です。女性の嫉妬や恨みを鬼で表現した日本文化も、ぜひ。
 

山崎 敬子 / Yamazaki keiko

実践女子大学院文学研究科美術史学専攻修士課程卒。大学在学時から折口信夫の民俗芸能学を学び、全国の祭礼を見て歩く。有明教育芸術短期大学子ども教育学科非常勤講師(民俗学)や早稲田大学メディア文化研究所招聘研究員などを経て、現在は、玉川大学芸術学部パフォーミング・アーツ学科講師(民俗芸能論)や学習院さくらアカデミー講師ほか。また、民俗芸能を地域資産として活かすべく、(株)オマツリジャパンなどで地域活性に取り組んでいる。


著作例:
編集:『年中行事辞典』(三隅治雄・編/東京堂出版 2007年)、
共著:『メディアの将来像』(メディア文化研究所・編/一藝社2014年)
著書:『にっぽんオニ図鑑』(じゃこめてい出版 2019年)
脚本:朗読劇『イナダヒメ語り』(武蔵一宮氷川神社 2018年)
コラム:オニ文化コラム(社)鬼ごっこ協会 毎月更新)、山崎先生の民俗学(ミドルエッジ)、にほん風習風土記(陸上自衛隊)、氷川風土記(武蔵一宮氷川神社)