2022.7.30

『オニ文化コラム』Vol,87

 
山崎 敬子
コラムニスト
玉川大学芸術学部講師

 
鬼が太鼓を叩く…そんな芸能が石川県輪島の「御陣乗太鼓」です。
御陣乗太鼓は鬼気迫る面をつけ、太鼓を乱れ打ちます。戦国時代の天正5年(1577)、この地に攻め込んだ上杉謙信勢を村人達が鬼面や海草を付け陣太鼓を鳴らして驚かせ追い払った伝承を由来とする芸能です。上杉勢に攻め込まれた地域側は、武器らしいものがない村人達ばかり。鍬や鎌まで持ち出して上杉勢を迎撃する準備を進めますが、あまりにも無力。郷土を護りたい村人達は、村の古老の指図に従い、樹の皮で仮面を作り、海藻を頭髪とし、太鼓を打ち鳴らしながら寝静まる上杉勢に夜襲をかけました。上杉勢は思いもよらぬ陣太鼓と奇怪きわまる怪物の夜襲に驚愕し、戦わずして退散したそうです。これを見た村人達は、名舟沖にある舳倉島の奥津姫神の御神徳によるものと考え、毎年奥津姫神社の大祭(名舟大祭・7月31日夜から8月1日)に仮面をつけて太鼓を打ち鳴らしながら神輿渡御の先駆をつとめ、氏神への感謝を捧げる習わしとなったのだそうです。
 
退治される鬼ではなく、地域を護ってくれた鬼ですね。
 
似た逸話と風貌で太鼓を持つ芸能が愛媛県にも。同県上浮穴郡久万高原町菅生の三島神社で行われる久万山五神太鼓です。
 
これは戦国時代の武勇伝を基に住民が創作したもの。戦国時代、伊予・土佐両国の国境(現久万郷)に拠点を構えていた久万山大除城主大野直昌が土佐方に包囲され滅亡の危機に陥った時、神のご加護を得ようと守護神・ダイバの仮面を小姓衆に付けさせ、太鼓・樽を一斉に打ち鳴らし神に奉じたところ夕立が。この機に乗じて久万山方は土佐方の間隙をつき一気に打ち出し窮地を脱したそう。直昌公は氏神に対する感謝の想いから、魔除先達の神としてダイバの仮面をつけ太鼓を打ち鳴らし、久万山五神の神々に感謝を捧げたと伝わっています。この伝承にヒントを得た芸能です。毎年7月下旬の三島神社夏まつりに境内特設舞台で太鼓の競演があり、今年は7月23日に3年ぶりに行われました。
 
ダイバの仮面はやや怖く、その仮面をつけて太鼓を叩く姿は石川の御陣乗太鼓と似ています。鬼と神という違いはありますが、どちらも地域を護った存在である点は同じですね。
 

山崎 敬子 / Yamazaki keiko

実践女子大学院文学研究科美術史学専攻修士課程卒。大学在学時から折口信夫の民俗芸能学を学び、全国の祭礼を見て歩く。有明教育芸術短期大学子ども教育学科非常勤講師(民俗学)や早稲田大学メディア文化研究所招聘研究員などを経て、現在は、玉川大学芸術学部パフォーミング・アーツ学科講師(民俗芸能論)や学習院さくらアカデミー講師ほか。また、民俗芸能を地域資産として活かすべく、(株)オマツリジャパンなどで地域活性に取り組んでいる。


著作例:
編集:『年中行事辞典』(三隅治雄・編/東京堂出版 2007年)、
共著:『メディアの将来像』(メディア文化研究所・編/一藝社2014年)
著書:『にっぽんオニ図鑑』(じゃこめてい出版 2019年)
脚本:朗読劇『イナダヒメ語り』(武蔵一宮氷川神社 2018年)
コラム:オニ文化コラム(社)鬼ごっこ協会 毎月更新)、山崎先生の民俗学(ミドルエッジ)、にほん風習風土記(陸上自衛隊)、氷川風土記(武蔵一宮氷川神社)