2020.9.26

『オニ文化コラム』Vol,66

 
山崎 敬子
コラムニスト
玉川大学芸術学部講師

 
 
今回は説話文学に登場する鬼の御話。
 
鎌倉時代前期成立と推定される『宇治拾遺物語』は平安時代末期成立の『今昔物語集』と並び、説話文学の傑作とされる文学集です。編著者は不明ですが、ここに収められた説話「雀報恩の事」は昔話「すずめの恩返し」として今も愛される物語です。
 
さて、この『宇治拾遺物語』巻12に鬼の話「一条桟敷屋鬼ノ事」があります。
 
今は昔、一条桟敷屋にある男泊りて、傾城とふしたりけるに、夜中ばかりに、風吹き、雨降りて、すさまじかりけるに、大路に、「諸行無常」と詠じて過ぐる者あり。「何者ならん」と思ひて、蔀を少し押しあけて見ければ、長は軒と等しくて、馬の頭なる鬼なりけり。恐ろしさに蔀を掛けて、奥の方へ入りたれば、この鬼、格子押しあけて顔をさし入れて、「よく御覧じつるな、御覧じつるな」と申しければ、太刀を抜きて、「入らば斬らん」と構へて、女をばそばに置きて待ちけるに、「よくよく御覧ぜよ」といひて往にけり。「百鬼夜行にてあるらん」と恐ろしかりける。それより一条の桟敷屋には、またも泊らざりけるとなん。(引用:『宇治拾遺物語』中島悦次 校註/角川書店/昭和35年)
 
大まかに現代語訳すると…ある男が一条の桟敷屋で遊女と一緒に寝ていたら、夜中にすさまじい荒れ模様になった。その時、大路にて「諸行無常」と唱えて通り過ぎる者がいたので外を見たら、身の丈は軒と同じで、馬の頭をした鬼だった。恐ろしくて戸を閉めて奥の方に行ったが、この鬼が戸を押し開けて顔をさし入れ「よくも見ましたね。見ましたね」と言ったので、男は太刀を抜いて「入るなら斬る!」と、女をそばに引き寄せて待っていると、鬼は「よくよく見なさいよ」と言って立ち去って行った。これが百鬼夜行というものであろうかと恐ろしくなり、一条の桟敷屋には二度と泊まらなかった…というような内容です。
 
百鬼夜行を今に伝える昔話ですが、この説話に出てくる鬼は地獄の鬼(極卒)を思い出しますね。地獄には牛頭人身の獄卒と馬頭人身の獄卒(鬼)がおり、地獄では火車に罪人を乗せ獄卒が呵責するとされます。ちなみに、生計が苦しいことを「火の車」と言いますが、これはこの火車が由来です。
 
 

山崎 敬子 / Yamazaki keiko

実践女子大学院文学研究科美術史学専攻修士課程卒。大学在学時から折口信夫の民俗芸能学を学び、全国の祭礼を見て歩く。有明教育芸術短期大学子ども教育学科非常勤講師(民俗学)や早稲田大学メディア文化研究所招聘研究員などを経て、現在は、玉川大学芸術学部パフォーミング・アーツ学科講師(民俗芸能論)や学習院さくらアカデミー講師ほか。また、民俗芸能を地域資産として活かすべく、(株)オマツリジャパンなどで地域活性に取り組んでいる。


著作例:
編集:『年中行事辞典』(三隅治雄・編/東京堂出版 2007年)、
共著:『メディアの将来像』(メディア文化研究所・編/一藝社2014年)
著書:『にっぽんオニ図鑑』(じゃこめてい出版 2019年)
脚本:朗読劇『イナダヒメ語り』(武蔵一宮氷川神社 2018年)
コラム:オニ文化コラム(社)鬼ごっこ協会 毎月更新)、山崎先生の民俗学(ミドルエッジ)、にほん風習風土記(陸上自衛隊)、氷川風土記(武蔵一宮氷川神社)