2020.7.17

『オニ文化コラム』Vol,64

 
山崎 敬子
コラムニスト
玉川大学芸術学部講師

 
今回は日本最古の鬼退治伝説のお話を。それは鳥取県伯耆町鬼住山を舞台としたお話です。
 
どのような伝説かというと、鬼住山に住む鬼が人々を苦しめる事を知った第7代孝霊天皇(前290 - 前215か)による鬼退治です。
 
西の国々を巡幸していた第七代孝霊天皇が、伯耆の国で日野川を上ったときのこと。鬼林山に鬼の一団が出没して、村人がたいそう困っていることを知る。「牛鬼(ぎゅうき)」の名で恐れられる邪鬼は、体格が良く力も強いうえに身のこなしも素早いので、とても村人たちが退治できる相手ではない。天皇は鬼住山の南の(さすとさん)に陣を敷いて鬼の館を見下ろし、作戦を練ります。そして人々が献上した笹巻きの団子を三つ並べて鬼(大牛蟹(おおうしかに)の弟の乙牛蟹(おとうしかに))をおびき出し、まず弟を退治。兄の大牛蟹は手下を連ねて、荒々しく手向かい、降参しなかった。その後、天皇の枕元で天津神(あまつかみ)のお告げがあり、その指示に従って笹の葉を刈って山のように積み上げた。三日目の朝、強い南風が吹き付けて、笹の葉はひとりでに鬼の住処へと向かい、その笹の葉が身にまとわりついて兄の鬼は身動きがとれなくなった。しかも高く積もった笹が突然燃え出したので鬼は逃げ出し、天皇は一兵も失わずに勝ちました。麓に逃げた鬼は蟹のように這いつくばって「降参します」と。そこで天皇は、「よし、お前の力を持って北を守れ」と命じました。
というお話です。また、鬼退治に成功したことを喜んだ里の人々が孝霊天皇とその一族を祀った神社があります。楽楽福(ささふく)神社と言います。そういえば万葉集には「楽浪」「神楽声浪」「神楽浪」とかいて「ささなみ」と読む箇所があります。ささ‥笹への信仰を感じますね。神楽でも笹を手に持ちますので。
 
孝霊天皇を含む綏靖天皇(第2代)から開化天皇(第9代)までの8代の天皇は『日本書紀』『古事記』に事績の記載が極めて少ないため「欠史八代」と言われますが、孝霊天皇の鬼退治の伝承が今も地域に伝わっていることが素敵です。
 
最後に。鬼住山は今ではハイキングコースとして人気がある山になりました。鬼が住む山から、人が歩く山に。歴史の変化ですね。
 
 

山崎 敬子 / Yamazaki keiko

実践女子大学院文学研究科美術史学専攻修士課程卒。大学在学時から折口信夫の民俗芸能学を学び、全国の祭礼を見て歩く。有明教育芸術短期大学子ども教育学科非常勤講師(民俗学)や早稲田大学メディア文化研究所招聘研究員などを経て、現在は、玉川大学芸術学部パフォーミング・アーツ学科講師(民俗芸能論)や学習院さくらアカデミー講師ほか。また、民俗芸能を地域資産として活かすべく、(株)オマツリジャパンなどで地域活性に取り組んでいる。


著作例:
編集:『年中行事辞典』(三隅治雄・編/東京堂出版 2007年)、
共著:『メディアの将来像』(メディア文化研究所・編/一藝社2014年)
著書:『にっぽんオニ図鑑』(じゃこめてい出版 2019年)
脚本:朗読劇『イナダヒメ語り』(武蔵一宮氷川神社 2018年)
コラム:オニ文化コラム(社)鬼ごっこ協会 毎月更新)、山崎先生の民俗学(ミドルエッジ)、にほん風習風土記(陸上自衛隊)、氷川風土記(武蔵一宮氷川神社)