2019.9.24

『オニ文化コラム』Vol,54

 
山崎 敬子
コラムニスト
玉川大学芸術学部講師

 
日本には、年の初めにその年の吉凶や農作物の豊凶を占う行事が全国各地にあります。今回はその中に登場する鬼をご紹介します。
 
関東地方(千葉県の利根川流域を中心に埼玉県、茨城県など)の各農村では春(1~2月)に「オビシャ」という行事があります。「オビシャ」とは一説に「御歩射」とも。馬に乗って弓を射る騎射(流鏑馬)の行事に対して、徒歩(かち)弓の行事を歩射(ぶしゃ)といいました。このオビシャは「徒歩で弓を射」て、その結果でその年1年の作物の作柄などの神意を占う予祝行事だったと思われます。この弓の的に「鬼」と書く事例が見受けられます。
 
例えば千葉県流山市の「鰭ヶ崎雷神社のオビシャ神事」では、あらかじめ立てられた赤鬼・青鬼の顔が描かれた的に向かって七福神に扮した役員たちが矢を射ます。鬼の目に当たればよいとされ、弓矢によって邪悪を退散させ豊作を祈念します。また、埼玉県八潮市に伝わるオビシャ行事「木曽根氷川神社の弓ぶち」では、的の鬼のひとりは上部の「ノ」がありません。的を射ることでその年の吉凶や農作物の豊凶を占うのは同じなのですが、この的の中に登場する鬼が雌鬼(左。角「ノ」無し)と雄鬼(右。角「ノ」有り)のペアの的。ちなみに東京都にもオビシャがあります。北区志茂の熊野神社の白酒祭(オビシャ行事)です。今は2月開催ですが、もとは正月七日の年占いの神事である歩射(オビシャ)の後に饗宴として催されていたもの。墨で丸く書いた円の中に鬼という字を書いて拵えた的を用意し、これを射手が弓矢で射抜きます。かつては歩射に使用した矢は魔除けになると言われたそうです。歩射が終了すると、主催者が参拝者に白酒(今は甘酒)と切餅を振舞います。この白酒が祭の名前の由来です。
 
と、紹介していきますと、弓で鬼の的などを射ることを大事にしていた様子が伺えますが、地域差も当然ございます。千葉県野田市の農村部では、神社でのそれら神事の後の、10~2 0軒程度のグループが当番(トウヤ)の家(宿)で行う直会(宴席)こそ大事。野田では矢を射ることより直会を重視してきたそうです。地域コミュニケーションの意義を大切にしていたことが伺えますね♪

山崎 敬子 / Yamazaki keiko

実践女子大学院文学研究科美術史学専攻修士課程卒。大学在学時から折口信夫の民俗芸能学を学び、全国の祭礼を見て歩く。有明教育芸術短期大学子ども教育学科非常勤講師(民俗学)や早稲田大学メディア文化研究所招聘研究員などを経て、現在は、玉川大学芸術学部パフォーミング・アーツ学科講師(民俗芸能論)や学習院さくらアカデミー講師ほか。また、民俗芸能を地域資産として活かすべく、(株)オマツリジャパンなどで地域活性に取り組んでいる。


著作例:
編集:『年中行事辞典』(三隅治雄・編/東京堂出版 2007年)、
共著:『メディアの将来像』(メディア文化研究所・編/一藝社2014年)
著書:『にっぽんオニ図鑑』(じゃこめてい出版 2019年)
脚本:朗読劇『イナダヒメ語り』(武蔵一宮氷川神社 2018年)
コラム:オニ文化コラム(社)鬼ごっこ協会 毎月更新)、山崎先生の民俗学(ミドルエッジ)、にほん風習風土記(陸上自衛隊)、氷川風土記(武蔵一宮氷川神社)