2017.10.20

『オニ文化コラム』Vol,31

 
山崎 敬子
コラムニスト
玉川大学芸術学部講師

鬼文化を紹介して31回目。今回は漢字、木偏に鬼と書く「槐(エンジュ)」を紹介します。平安中期(10世紀)に作られた日本最古の百科辞典『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』には「ゑにす(エニス)」とありますからいつ頃からか発音が転化したものと思われます。
 
実は日本原産ではなく中国原産。太古から存在し、華北を代表する樹木だったそうです。それだけに槐への信仰があります。寺井泰明氏の論文「槐の文化と語源」(桜美林論考. 人文研究 7, 2016年)に詳しいのですが、例えば槐位、槐座、槐門、槐宰などの文字が高位高官を指すものとして用いられたそうです。
 
寺井氏によると「“槐宸” とか“槐掖” と称して宮廷・宮殿を、“槐省” で三公の官署を表すことにもなる。これらは単に言葉の上でだけではない。槐は仁政を体現するものとして、実際に宮廷・宮苑や役所に植えられもした。また、都大路の街路樹についても、実はこうした政治的な寓意があったと見るべきであろう。槐衙と称された長安天街の槐の並木道は権力の公正と威厳を示すに十分であったろうし、漢代の上林苑にあった「槐六百四十株」31 をはじめとして、歴代の宮苑に槐樹が植えられたのも、そうした政治的な意味を体していたのである」とのことですから、意義ある樹木だったことが伺えます。
 
ただ、なぜ木偏に鬼と書くのかについては確固たる説はないようです。寺井氏は「塊」「傀」など他の漢字などが「丸くて大きなかたまり」といった意味合いで共通していることから、槐のコンモリ生い茂った様から「鬼」が使われているのかな?と推測されております。

という中国のお話から一転して、日本ではどうなのかと言うと、そこまでの扱いではない気がいたしますが、『今昔物語集』(12世紀~)には庭の前に植えてある記述が出てきます。そして現在に至る中で、日本らしい「語呂合わせ文化」を育みました。

 
どういう語呂合わせかというと「延寿(寿命が延びる=長寿)」、「縁授(縁を授かる=例えば子宝)」。「槐」を用いた箸や面、表札、手鏡等の色々の製品いずれも縁起が良い意味合いを持っております。中国由来の鬼の木が、日本で縁起の良い木に・・・正に文化史ですね♪

山崎 敬子 / Yamazaki keiko

実践女子大学院文学研究科美術史学専攻修士課程卒。大学在学時から折口信夫の民俗芸能学を学び、全国の祭礼を見て歩く。有明教育芸術短期大学子ども教育学科非常勤講師(民俗学)や早稲田大学メディア文化研究所招聘研究員などを経て、現在は、玉川大学芸術学部パフォーミング・アーツ学科講師(民俗芸能論)や学習院さくらアカデミー講師ほか。また、民俗芸能を地域資産として活かすべく、(株)オマツリジャパンなどで地域活性に取り組んでいる。


著作例:
編集:『年中行事辞典』(三隅治雄・編/東京堂出版 2007年)、
共著:『メディアの将来像』(メディア文化研究所・編/一藝社2014年)
著書:『にっぽんオニ図鑑』(じゃこめてい出版 2019年)
脚本:朗読劇『イナダヒメ語り』(武蔵一宮氷川神社 2018年)
コラム:オニ文化コラム(社)鬼ごっこ協会 毎月更新)、山崎先生の民俗学(ミドルエッジ)、にほん風習風土記(陸上自衛隊)、氷川風土記(武蔵一宮氷川神社)